石川祐希の高校と大学時代の成績まとめ!妹もヤバイ選手!

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石川祐希選手、東京オリンピックの代表選手として大活躍ですね!

高校や大学時代など学生時代の成績はどうだったのでしょうか。

バレーを始めたきっかけは?ヤバイ妹とは?

学歴とともに活躍をまとめました。

石川祐希

名前:石川祐希(いしかわゆうき)

生年月日:1995年12月11日

身長:192cm

体重:84kg

血液型:AB型

ポジション:ウィングスパイカー

出身地:愛知県岡崎市

石川祐希選手は2018年3月に大学を卒業後は、イタリアへ渡り、プロバレーボール選手としてイタリア・セリエA「エマ・ヴィラズ・シエナ」に、2019年には「パッラヴォーロ・パドヴァ」で活躍しています。

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石川祐希の大学時代の成績

石川祐希選手は2014年に中央大学法学部政治学科に進学しました。

学年 成績
大学1年生(2014年) 春季・秋季リーグ、全日本インカレ:優勝 春季リーグ:新人賞・会長特別賞・サーブ賞受賞
第17回アジア競技大会:準優勝 史上最年少日本代表
イタリア1部リーグのセリエAのモデナへ短期留学
大学2年生(2015年) ワールドカップ出場 史上最年少日本代表
大学3年生(2016年) 全日本インカレで3連覇
リオデジャネイロ五輪 最終予選敗退
大学4年生(2017年) 全日本インカレ:3位 バレー部キャプテンに

大学時代は1年生からスタメンで試合に出場し活躍しました。

春季・秋季リーグ、全日本インカレで優勝し、三冠を獲得しました。

春季リーグでは新人賞・会長特別賞・サーブ賞も獲得しています。

同時に大学1年生の時に、史上最年少で日本代表に選出され、第17回アジア競技大会に出場し、準優勝しました。

大学2年生時にはチーム最年少でワールドカップに出場、日本代表の主将・柳田将洋などの4選手は「NEXT4」と命名されました。

そして、成績も人気ももう一つだった男子バレー界を一躍活気あるものに押し上げました。

「NEXT4」:石川祐希・柳田将洋・山内晶大・高橋健太郎

しかも、イタリア1部リーグのセリエAのパッラヴォーロ・モデナと3か月契約を結びイタリアへ渡りました。

挫折を経験

しかし、この時挫折を経験しました。

3か月のイタリアのパッラヴォーロ・モデナに短期の留学のあいだ、15試合でスタメンはたったの2試合。

2016年のリオデジャネイロ五輪世界最終予選で敗退。

この時、石川選手は強く心に誓いました。

絶対(オリンピック)決勝のコートに立ちたい

大学卒業後再度イタリアへ

大学卒業後は日本のVリーグを選ばず、再度イタリアへ渡り、プロとして活躍しました。

セリエAのシエナとパドヴァ、2020年には同ミラノに加入しました。

イタリアで腕を磨き、2020年のワールドカップでは大会史上最多の8勝し日本を4位にしました!

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石川祐希の高校時代の成績

石川祐希選手は、愛知県のバレーの名門、星城高校出身です。

高校1年生の時にはエーススパイカー、2年生ではエースに。

高校バレーの全国大会は3つあります。

  • 全国高等学校総合体育大会バレーボール競技大会(インターハイ)
  • 全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高バレー)
  • 国民体育大会バレーボール競技(国体)

石川祐希選手は3年生でキャプテンとなり、2年連続でインターハイ・春高バレー・国体で優勝!高校史上初の6冠!を獲得しました。

ひとつでも優勝するのはかなりの困難なのに、3つとも、しかも2年連続です!

しかも、石川祐希選手が高校2年生から3年生にかけて星城高校は公式戦99連勝です。

攻守ともに大活躍の石川祐希選手は2年連続で最優秀選手賞を受賞しました。

優勝記者会見では

「周りのサポートがあったから自分たちのパフォーマンスができた」

と話し、努力の末の結果におごり高ぶることなく、周囲に感謝をする石川選手の姿勢に感心しました。

星城高校バレーボール部の監督、竹内裕幸さんは石川祐希選手の印象をこのように述べています。

何事にも視野が広く、バレーボールに対する向上心がストイックでした

高校卒業時には

伸びしろが十分に残った楽しみな門出でした

高校時代の未曽有の成績を収めていたのに、まだ伸びしろが期待できる!とはすごいことですね。

監督の期待通り、イタリアでも活躍して帰国後は日本のバレー界を背負って立つ選手となりました。

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石川祐希の中学時代の成績

石川祐希選手の出身中学はバレーの強豪校岡崎市私立矢作(やはぎ)中学校です。

愛知県選抜選手としても活躍し、都道府県対抗中学バレーボール大会では準優勝、優秀選手に選ばれました。

この都道府県対抗中学バレーボール大会で準優勝だった時の悔しさをバネに、この時の選抜の仲間と

高校で日本一になろう

と、一緒に星城高校に進学しました。

ところが、石川祐希選手は決して順風満帆なバレー選手だったわけではありません。

中学1年生時は身長も160cmと、選手としては決して高い方ではありませんでした。

背が高い選手の中でスパイクが思うように決まらず苦労を重ねました。

スパイクのコースの打ち分けとして、折りたたみいすを置いてひたすらスパイクで打ち抜く練習をしたり、フォームの修正、レシーブの力の向上など、努力を怠らず練習を重ねました。

そして、チームのエースまでになりました!

その後石川祐希選手の身長はどんどん伸びました。

160cm(1年生)⇒172cm(2年生)⇒181cm(3年生)

1年間で10cmも伸びる身長に、成長痛で関節の痛みに悩んだと思います。

現在は192cmですので、このあともどんどん伸びたのでしょうね。

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石川祐希がバレーボールを始めたきっかけは姉!

石川祐希選手がバレーを始めたきっかけは小学生時代にさかのぼります。

出身地の愛知県岡崎市の岡崎市立矢作小学校に通っていて、3年生の時は野球部でした。

小学生の男子ならサッカー部か野球部、あるあるですよね。

しかし、4年生の時に1歳年上の姉のバレーボール部の練習を見て興味を持ったそうです。

それがきっかけで矢作小学校のバレーボール部に入りました。

そもそも矢作小学校はバレーボールで全国有数の強豪校でした。

そんな中でも石川祐希選手はバレーを始めて1年、小学5年生でベンチ入りしました。

矢作小学校のバレー部に入った石川選手。

小学校6年生で全国大会ベスト8を獲得します。

その後、バレーで強豪だった矢作中学校へ進学しました。

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石川祐希は家族がヤバイ

石川祐希選手がバレーボールで一流選手となったのは、本人の努力もさることながら、その家族もすごいことがわかりました。

まずご両親です。

父親は陸上選手

父親の石川幹尚(もとなり)さんは、実業団デンソーの陸上選手(短距離)でした。

2000年に行われた大会「実業団陸上競技選手権」では、4×100mリレーのメンバーでした。

母親はバスケットボール選手

母親の石川みどりさんは、同じく実業団デンソーのバスケットボール選手でした。

身長は165cmとバスケットボール選手としては小柄ですよね。

母親は小さい頃から体を動かすことが好きで、小学校時代は女子サッカー、中学校時代は軟式テニスとサッカー、高校時代にバスケットボールを始めたそうです。

高校卒業後に、デンソーの実業団に加わりバスケットボール選手としてプレーしました。

妹も全日本バレーボール代表オリンピックに!

石川祐希のシューズはこれ!

石川祐希選手には妹とお姉さんがいます。

  • 妹の石川真佑(まゆ)さん:2000年生まれ
  • 石川祐希選手:1995年生まれ
  • 姉の尚美さん:1994年生まれ

妹の石川真佑(まゆ)さんもオリンピック選手!

妹の石川真佑さんも全日本代表のバレーボール選手で東京オリンピックにも選出されています。

妹の石川真佑さんは、中学から親元を離れ、バレーボールの名門の長野県長野市立裾花中学校に進学しました。

高校もバレーボールの名門の東京都世田谷区下北沢にある成徳高校に進学しました。

中学、高校時代は何度も大会で優勝し、個人でも最優秀賞やベスト6表彰選手の1人に選ばれました。

高校卒業後は東レアローズに入り、東京オリンピックの全日本代表選手にも選ばれました。

身長は174cmと、選手としては小柄ですが、全日本女子バレーボールの監督の中田久美さんは、べた褒めです。

「ひとつひとつのプレーの完成度が高いだけでなく、突出しているのは相手への対応力だ。高いブロックに対しての打ち分け方が非常にうまい」

お姉さんの尚美さんはすでに結婚されていますが、石川祐希選手が小学生の時にバレーボールを始めるきっかけとなりました。

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まとめ

石川祐希選手の大学と高校時代の成績をまとめました。

凄い成績を残していますが、身長が低くて苦労したんですね!

妹さんと兄弟そろってオリンピックに出場なんて、めったに無いことでしょう。

活躍を期待します。

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